大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和26年(オ)517号 判決 1954年2月09日

広島市霞町広島県庁内

上告人

広島県農地委員会

右代表者会長

大原博夫

右訴訟代理人弁護士

三浦強一

尾道市栗原町七二二番地

被上告人

森数清吉

右訴訟代理人弁護士

三宅清

右当事者間の行政処分変更請求事件について、広島高等裁判所が昭和二六年七月一一日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があり、被上告人は上告棄却の判決を求めた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

第一、二審判決を破棄する。

被上告人の本訴請求を棄却する。

訴訟の総費用はこれを二分しその二分の一宛を上告人並びに被上告人の負担とする。

理由

本件記録を調べると、昭和二二年八月七日被上告人森数清吉は当時の自作農創設特別措置法施行令四三条に基いて、尾道地区農地委員会に対し、本件農地の遡及買収計画の申請をしたが容れられないので、同人は昭和二三年二月中上告人に対し同令四四条により買収計画の指示を請求したところ、上告人は同年四月八日附を以つて、その請求を却下した、そこで被上告人は上告人が昭和二三年四月八日本件土地について自作農創設特別措置法第六条の三第一項の規定による被上告人の請求を却下した処分はこれを取消す旨の請求訴訟を広島地方裁判所に提起し同裁判所は被上告人の請求を許容した。だから上告人はこれに対し広島高等裁判所に控訴の申立をなしたが同裁判所も控訴を棄却したので上告人から更に本件上告申立があつたのである。ところで職権を以つて調査するに、自作農創設特別措置法は昭和二七年法律二三〇号農地法施行法の施行によつて、同年一〇月二一日限り廃止せられ従つて同法六条の三の規定に基く農地委員会に対する指示の制度もなくなつたのであり、被上告人が上告人に対し、前記決定の取消を求めても上告人においては、同法廃止の今日においては、もはや同法に基き遡及買収計画を定めるべき旨を指示することが出来ないのであるから、被上告人の本訴請求はその利益がないものというべきである。

よつて上告人の上告理由についての判断を省略し民訴四〇八条、九六条、九〇条に則り裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上登 裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

昭和二六年(オ)第五一七号

上告人 広島県農地委員会

被上告人 森数清吉

上告代理人三浦強一の上告理由

右行政処分変更請求上告事件について上告理由左の通り申立てる

第一点

原判決の事実認定を見るのに

「昭和二十年六月初旬頃細川勇は本件農地外数筆の農地を尾道分工場の工場用地として、大阪市に本店を有する大阪精機工業株式会社に売却し、同時に右会社は被控訴人外数名の小作人に対し、農地潰廃の場合の離作料を支払うと共に現実に工場用地とするまでは依然従来通り小作関係を継続せしめるが会社が右農地を工場用地として使用する場合には異議なく明渡に応ずることを確約しておいた云々」

及び

「被控訴人は訴外会社から離作料を受領したけれども、現実に本件農地を返還した事実はなく、基準時当時は勿論、従前から引続き現にこれを小作している事実が明かである。」

との判示を存し、被上告人が昭和二十年六月に、離作料を受領した事実は、小作関係に変化を生起しておらず、被上告人は昭和二十年十一月二十三日当時小作人として、本件農地買収を請求する権利があるとせられたものである。

しかし、この判示に対しては次の理由で承服することができない。

一、昭和二十年六月初頃(離作料授受の当時)は、今次戦争が苛烈となり工場の整備の必要はいよいよ急を告げ民間の何人も終戦を予想しなかつた時代であつて、原判決の認定せられたところは、農地の買収を行い、離作料の支払をすませながら、小作関係は仍従前のとおりつゞけ、工場の建設(そのとき農地は潰廃する。)を終了して初めて、小作関係を終止するというような法律関係を設定したものとするものである。しかし、終戦を予想しないのみならず、農地を工場用地化する場合小作関係だけは、確実に、解止する必要が切実であつて、そうでなければ、食糧生産に執拗で、一坪の菜園でも惜まれた昭和二十年六月当時の農家の耕地手放しができない実状であつた時代の離作契約成立に関する実験法則からは原判決のような断案は生じない。原判決は、いつの間にか、昭和二十年八月終戦となつた現実にとらわれ、又終戦後の農地改革の現実にとらわれ、当時(昭和二十年六月)既に、終戦を予想し、小作農民の耕作権確保が重大であつたものであつたかのような錯覚的思惟の上に、判示事態を認定せられたものであるといわなければならない。これは、昭和二十年八月を劃期として、一大激動を演じたわが国の社会状態の裡にあつて、昭和二十年八月直前期の法律現象を解釈する者の往々にして陥る誤謬であるが、原判決も亦、まさしくこの過失を犯しているものである。

二、原判決は「被控訴人は訴外会社から離作料を受領したけれども現実に本件農地を返還した事実はなく、云々」と判示し、基準時当時の関係は、「現実に本件農地を返還した事実」がないのであつて、こゝでは、事実上、耕作していたものであるとし、法律関係としての小作関係は存在しなかつたことを判示せられているのである。この認定の決論から、原判決のこれに到達するまでの事実認定を検討するのに、或は「依然小作関係を継続せしめ」といゝ、或は「小作関係を承認し、」というような判示は畢竟事実上耕作する事実上の状態をそのまゝで推移させたとの意に解すべきである。そうであるとすれば、被上告人は既に離作料を受領し、こゝで法律関係としての小作関係解消し、只工場ができるまで暫定的に耕作をすることを承認せられたのに過ぎないのであつて、遡求買収請求をすることのできる所謂小作人ではないことを判示し、少くともそういう結果に帰するものといわなければならない。このような判定の下にあつて、被上告人の請求による買収が為さるべきものであるとせられたのは、首尾一貫せず、買収を是認すべき法的根拠を欠如する裁判であると云うの外はない。

三、原判決の認定は、仮りに被上告人が離作料を受領し、工場を設置した上は初めて法律関係としての小作関係が消滅するという契約が締結せられたとの判示であるとしても工場設置の時期に関する事項が定められなければ、その小作関係は常に浮動的で安定を欠ぐものであつて、農業生産を害するものというべきであるから、このような契約は保護をうくべき限りではない。

又判示契約では、離作料は受領したまゝで工場の設置せられないことが確定しない限り或は工場が設置せられないに至つても尚離作料は返還せられることがないことになり、何れから言つても、そのような契約は離作料の性質に反するものであつて、原判決認定の契約は、契約として効力を生するに由ないものであるが、又はそのような契約を肯定したことに、契約解釈の法例に反した誤謬が存するのであつて、被上告人の農地買収請求権の成立は、原判決の認定せられた原因からは、これを是認することができないのである。

以上の理由で、原判決が事実の真相を調査探究し公正と信ずる線を出した上告人の行政処分を非とせられる法的根拠は、到底承服することができないのであつて、原判決は畢竟合理的理由によらないで、被上告人の買収請求権の存立を認められたものであるに帰し、到底破棄を免れないと思料するものである。

第二点

原判決は、被上告人に本件農地の買収請求権があるとしその根拠として『昭和二十年十月二十三日当時の所有者は中井通博ではなく右訴外会社(大阪精機工業株式会社)であり、同会社は大阪市に本店を有するものであり本件農地の所有地は尾道市であつて本件農地は所謂不在地主の小作地であるから遡及買収をすべき場合に該当する』

と判示し、因つて以つて、上告人に敗訴の言渡を為されたものである。

しかるところ、大阪精機工業株式会社は、尾道市に工場を有し、こゝで会社としての営業をしていたものであつて、この地で農地を所有する場合、主たる営業所が存しない理由を以て不在地主であるということはできない。一個人(自然人)の場合には或は二つ以上の住所は認められないかも知れないが、株式会社という広汎な活動を予想せられる企業形態においては、従たる営業所の所在するものはこゝに住所があると同様に考うべきものであつて、主たる営業所でなければ農地を所有することが許されないというようなことは、この種企業形態ではとることはできない。そうして、原判決が、尾道市に工場があることを認定し、(尤も終戦後分工場を廃止することになつたと判示せられたが、現実にいつ廃止したかは認定せられないから昭和二十年十一月二十三日の現況はわからない)又記載の一部分だけは認めないとし、其の他の成立について、あえて否定せられない乙第四号証によれば、「売主、尾道市栗原町六八九番地ノ二大阪精機工業株式会社」とあつて、そのいづれからも、同会社が不在地主とあるとすべき証拠がなく、且つこの点について、当事者の主張を援用せられるところも存しない。原判決及び第一審判決書の各事実摘示参照)そうであるとすれば原判決が、右会社は、尾道市においては不在地主であるとし、この故に被上告人に買収請求権があるとせられたのはその法的根拠を欠如するものであつて、因つて上告人にその行政処分の取消を命ぜられたのは違憲裁判であるといわなければならない。

第三点

本件行政処分が為されたのは、昭和二十三年四月八日であつて、本件訴訟の提起が昭和二十三年五月二十一日であることは一件記録で明らかである。しかし、本件のような農地不買収行政処分に対する取消を求める訴訟は、自作農創設特別措置法第四十七条の二により処分を知つたときから一ケ月以内に提起すべきものであつて、処分の日から既に四十三日を経過して出訴せられた本件においては、一応出訴期間を懈怠していると推断すべきであつて、これが適法な訴訟であるとすれば、原判決は、そのことを認定判示すべきである。しかし、この点について何等訴訟が適法であることの言明はどこにも存しないのであつて、原判決は、職権調査事項である訴訟の適法であるか否かにかまわず、不適法な訴訟について本案審理を行い、因つて被上告人に敗訴を言渡したのであつて、畢竟被上告人の訴訟を却下せられるところの裁判を受ける上告人の権利を奪うたものに外ならないと思料する。

以上

昭和二六年(オ)第五一七号

上告人 広島県農地委員会

被上告人 森数清吉

上告代理人三浦強一の上告理由(追加)

第四点

(一) 原判決の引用せられた第一審判決の事実摘示によれば、被上告人が尾道市農地委員会に対し、本件農地の買収計画を定めるべき旨を申請したのは昭和二十二年八月七日であつて、被告委員会に対し、尾道市農地委員会をして、本件農地の買収計画を定めるべき旨指示すべきことを請求したのは、昭和二十三年二月中であることは、明瞭である。即わち、昭和二十二年八月七日から、昭和二十三年二月まで六月を経過しているのであつて、被上告人の上告委員会に対する買収計画指示の請求は、遅くとも昭和二十二年十月七日迄に為されなければならないのに拘わらず、この期間を空過遅延すること四ケ月である。そうであるとすれば、報告委員会に対する右請求権は既に、摘示請求権を失うた後のものであつて、権利に基く請求ではなく、交渉、依頼というような法律関係を離れたものに過ぎない。従つて、これに対し、上告委員会が右請求却下の表意をしたとしても(その却下の理由の如何に拘わらず、既に消滅した請求権が生き返える理はない。)この請求却下は法律関係に何等の変化を招来するものではない。即わち、本件上告委員会の措置は、既に喪失した被上告人の請求権を否定したものに過ぎないのであつて、本件の請求却下は、行政処分と云うことはできない。従つて、本件被上告人の行政処分の変更を求める訴訟は、本案審理をすることなく、却下せらるべきに拘わらず、上告委員会に敗訴を言渡したのは、違憲の裁判であると思料する。

(二) 原判決が、上告委員会が本件農地の買収をしないとするに帰する本件却下決定は、行政処分ではない旨の原審上告人の抗弁(原審昭和二十六年四月五日附控訴代理人準備書面参照)に対し、「行政庁の行政処分は申請人たる被控訴人(被上告人)の遡及買収の申請を拒むものであつて、被控訴人は之によつて一応買収を受くる利益を喪うものであるから終局的な処分であるから……行政訴訟の対象となり得ない訳はなく」と説示し、本件訴訟を許容せられたのであるが、農地委員会の決定は、夫れ自体が直接に農地所有者の権利義務に対し、何等直接の効果をもたらすものでわなく、処分官庁の行政処分に至る手続上の処理にすきないものである。従つて、法律が、取扱の便宜から特に、これを対象として行政訴訟をすることを許した場合の外は、農地委員会の処理を以つて、直ちに行政処分であるとは謂うことができない。この見地からも、原審は、本案裁判をしてはならないのに拘わらず、上告委員会に対し法律に定めない裁判によつて敗訴を宣告せられたのであつて裁判に関する憲法の法則に違反したものであり、原判決は破棄を免れないと思料する。

以上

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